福岡歴史なび

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 元寇防塁と元軍が陣を構えた祖原山を中心に副都心西新を巡るまち歩きをご紹介します。西新は、本市の副都心に成長したところです。ルートの中には商店街も含まれています。博物館から西新商店街も巡るまち歩きをお楽しみください。思いがけない新たな発見もあるかもしれません。

[1] 福岡市博物館
・国宝「金印」をはじめ、海外との交流を中心に展示する博物館です。常設展示室では、奴国から現代までの福岡の歴史とくらしがわかりやすく展示されています。

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[2] 元寇防塁(西新地区)
・西南学院大学の体育館裏の防塁です。この防塁を担当した国は不明です。大正9 年に発掘され、石塁が露出しました。昭和44 年の本格的発掘調査の後に見学できる整備が行われました。周辺には松が育ち、松原の面影を留めています。

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[3] 元寇防塁(百道地区)
・西南学院大学の体育館裏の防塁の西に250 m程度のところにある防塁です。西新のように石築地全体が露出するようにはなっていません。発掘調査が行われる以前の姿を見ることができます。
・この防塁の周辺にも松が育っています。西新の防塁と併せてみることで、防塁の連続性と松原の広がりが感じられます。

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[4] 藤崎遺跡
・砂丘上に営まれた墳墓・集落遺跡です。
・明治45 年(1912)、箱式石棺から三角縁盤龍鏡が出土して注目を浴びました。大正時代には弥生時代初期の土器群が石棺墓などの副葬品が発見されました。昭和52年(1977)以後は、地下鉄工事などに伴い発掘調査が行われ、百基を越す甕棺墓地、古墳時代の方形周溝墓群などが発見されました。方形周溝墓からは三角縁神獣鏡が出土するなど、前方後円墳が発達しなかった早良平野の古墳時代初期の社会動向を示す貴重な資料を提供しました。
・現在、地下鉄藤崎駅のコンコースに出土遺物の小展示が行われ、また九州銀行前に発掘の小記念碑が立っています。

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[5] 麁原元寇古戦場跡
・文永の役の時、激戦の地となったのが百道浜の後背地にある麁原山(標高33 m)です。
・見晴らしの良い公園になっています。車いすでも頂上まで登ることのできます。

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[6] 祖原山本陣跡
・文永の役の時、元軍が博多湾に上陸して本陣を構えた跡です。現在は祖原公園になっています。