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木造釈迦如来坐像 東区

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副 称

附 木造普賢菩薩騎象像 木造文殊菩薩騎獅像

指 定 市指定
区 分 有形文化財
種 別 彫刻
所 在 地 福岡市東区馬出5丁目36-35
時 代 鎌倉、江戸
所 有 者 宗教法人 恵光院

紹介文

 この像は、右手で「恐れをなくす」という施無畏(せむい)の印、左手で「願いをかなえる」という与願(よがん)の印を示した、釈迦の説法の姿を表しており、像の高さは94.2cmとほぼ人の座った高さと同じものである。
 彫刻の彫りは、浅く流れるような衣の線をはじめ、全体的にゆるやかで大ぶりであるが、鋭くつり上った目やひきしまった口元などが作る顔の表情は像に緊張した威厳のある印象を与えている。また、ふくよかな頬に起伏のある顔の造作や堂々とした体つきには、鎌倉時代に活躍した運慶や快慶などの慶派の仏師の仏像を思わせるものがある。
 本像の後頭部は外れるようになっており、その内側に墨書きの銘文があり、由来を記した木札が二枚納入されている。それによるとこの像はもともと箱崎の原田にあった瑞応寺という禅寺の本尊であったが、その後筥崎宮の社内に移置されたことがわかり、さらに現在では馬出の恵光院に安置されている。瑞応寺は江戸時代には廃寺となり、明治初期まではその寺跡がわかっていたらしい。
 墨書の銘文からも製作された年代、仏師は明らかではないが、天正四年(1576)の修理に、博多仏師の猪熊与次郎が携ったことが記されており、既に江戸時代以前に福岡の地に仏師がいたことが知られる。また、その修理に筥崎宮の社僧が檀那(施主)となっていることから、すぐれた像容である本像が、筥崎宮という当時の大きな勢力を背景にして、中央から当地へ持たらされたことが考えられる。
 現在では、虫食いの穴や部分的な剥がれが見えるが、箱崎周辺の歴史の変遷をじっと見据えてきた年輪の重みを感じさせる。
 本像には、象に乗った普賢菩薩像と獅子に乗った文殊菩薩像が脇侍として従って
いるが、これらは江戸時代に製作、修理されて釈迦像に加えられ、今日の三尊像の形態となったものである。

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