福岡の歴史と民俗

博多と福岡

 福岡市の陸の玄関口はJR博多駅で、観光客や転勤者の方々は、福岡市に「博多」と「福岡」という二つの名前があることに戸惑われるかもしれません。「博多」という地名は、奈良時代の八世紀には登場しますが、「福岡」は、1600年の関ケ原合戦の功により筑前国主となった黒田長政が、福崎(現在の赤坂付近)の地に新しく城と城下町をつくり「福岡」と改めたことによります。それ以後、城下町「福岡」と古くからの商人の町「博多」という双子都市になりました。福岡市が誕生した翌年の1890年に、福岡市会(当時の市議会)で市名を「博多市」に変更する建議が出されましたが、議長裁定の1票差で否決されたことは有名なエピソードです。

この福岡市の歴史の特徴を一言で表現すると、「古来からの国際交流の拠点」ということができます。博多湾を天然の良港とし、玄界灘を挟んで中国大陸・朝鮮半島と向かいあう地理的条件から、古くから対外交流の門戸として栄え、日本の歴史と文化形成に大きな役割を果してきました。この対外交流の画期を大きく見れば次のとおりで、およそ400年の周期で訪れています。

一覧に戻る