筥崎宮楼門

【指定】国指定 【種別】建造物

筥崎宮楼門

  • 1.楼門
  • 2.楼門近景
  • 3.敵国降伏の扁額
 名島城主小早川隆景が文禄3年(1594)に建立したもので、三間一戸、入母屋造り、檜皮葺の最も通例の楼門であるが、重要文化財の楼門としては、県下では唯一のものである。この楼門は桃山初期の建築ではあるが、広大な屋蓋、扉の桐花紋の彫刻は、むしろ室町末期の様式を残している。
 楼上に揚げられた「敵国降伏」の額は宸翰(紺染小形色紙に金泥でもって謹書されている。)のうち1葉を模写拡大したものであるが、この額のために、この門は「伏敵門」とも呼ばれている。この宸筆は、文永の役(1274)後、社殿再建に尽くした亀山上皇の下賜になるものと伝えられ、現在の扁額は平成15年に復原作成されたものである。
副 称 3間1戸楼門 入母屋造 檜皮葺 
指 定 国指定
区 分 有形文化財
種 別 建造物
所 在 地 福岡市東区箱崎1丁目22-1
時 代 安土桃山
所 有 者 宗教法人 筥崎宮

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