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弥生時代環濠や古墳時代住居を発見! ~有田遺跡第247次調査の成果から~

【2013年8月2日】

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有田遺跡が位置する早良区有田・小田部(こたべ)・南庄(みなみしょう)の高台は、今から約7~9万年前に阿蘇山が大噴火を起こした際の火山灰等が積もって出来た台地です。これまでの調査で、台地の上には旧石器時代から戦国時代にいたる人々の生活の痕跡が数多くのこっていることが明らかになっています。

今回調査を行った場所は台地の中で最も標高が高い所で、調査の結果、弥生時代初期の環濠(かんごう)、古墳時代前期の竪穴住居跡(たてあなじゅうきょあと)や土坑(どこう)、古墳時代後期~中世の柱穴、溝や井戸などが確認できました。

発見された楕円形状の環濠は、南北約300m・東西200mの規模に復元され、板付(いたづけ)遺跡に見られるように、集落の周囲にV字状の深い溝を廻らして敵からの攻撃を防ぐために作られたものと考えられます。環濠で囲まれた集落に住む人達は、早良平野で古くから米作りを始めた集団のひとつと思われます。

古墳時代前期(3世紀末)の竪穴住居は火事で焼け落ちた状態で見つかりました。柱は表面が焼けて炭化していましたが、当時の建築技術や生活の様子を知ることができました。

5世紀前半の土坑(大型の穴、直径2.2m・深さ1.5m)からは、朝鮮半島南部で発見されたものと形や作り方が似ている土器が、福岡在地の土器と一緒に出土しました。これは、半島に住んでいた人達が有田の台地に移り住んでいたことを物語るもので、古くから対馬海峡を越えて人々がダイナミックに動いていたようです。

台地の南半部には古代律令時代に早良郡を治めていた役所(郡衙(ぐんが))や税を納める倉庫群が置かれていたことが知られています。今回の調査で発見された柱穴や溝は、これらの施設の一部と考えられます。

弥生時代の環濠

火災を受けた古墳時代の竪穴住居跡

古墳時代の朝鮮半島系の陶質土器

古墳時代の朝鮮半島系の甑(こしき)

古墳時代の朝鮮半島系の甑(こしき)の底部

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