平成20(2008)年度の成果

平成20年度は木製品が36遺跡877点、金属製品を中心とするその他の材質は12遺跡866点の保存処理をおこないました。以下、主要なものについて紹介します。

木製品

弥生時代前期の貯木場(兵庫遺跡1次)

兵庫遺跡は室見川中流西岸に位置し、早良平野の沖積地の中に残る微高地上に広がっています。調査により弥生時代前期末から中期初頭の比較的短期間に営まれた集落遺跡であることが判明しました。
微高地が谷に落ちていく傾斜地に掘り込まれた土坑からは太型蛤刃石斧柄の製品(写真1)、諸手鍬(写真2)やエブリの未製品、木器素材が出土しました。木器を水漬けにしておく穴と考えられます。木器を水漬けにする理由としてヒビや変形を防ぐため、加工を容易にするため等が考えられています。

写真1 太型蛤刃石斧柄
写真1 太型蛤刃石斧柄
写真2 諸手鍬未製品
写真2 諸手鍬未製品

古代の製鉄(元岡・桑原遺跡群12次)

写真3 木製送風管
写真3 木製送風管

元岡・桑原遺跡群は糸島半島の東側付け根に位置する遺跡群で、九州大学移転に伴い1995年より大規模な発掘調査がおこなわれています。12次調査地点では奈良時代の製鉄炉26基が発見されました。その南側の谷からは半裁した木の内側を刳りぬき、合わせた管状の木製品が10点ほど出土しています。長さ60センチ、径4から6センチの大きさで、一方が焦げていました。これらは炉の温度を上げるために空気を送り込むための送風管です。木製の送風管の出土は珍しく、元岡・桑原遺跡群の他の地点では土製の送風管が出土しています。

古代の木製祭祀具(元岡・桑原遺跡群20次)

元岡・桑原遺跡群20次調査では、古墳時代の集落と奈良時代の建物群や池状遺構が調査されました。池状遺構は谷を幅約3メートル、長さ約14メートルの築堤によりせき止めたもので、長さ約35メートル、幅約20メートル、深さ50から80センチの規模です。この池状遺構からは大宝元年(701年)と延暦4年(785年)の紀年銘木簡をはじめ、多くの木製品が出土しています。写真4は舟形といわれる祭祀具で、海上交通の安全を祈願したものであるとか、人の形代である人形とともに流し、穢れを払うものであるなどといわれています。23点出土しており、大規模な祭祀がおこなわれていた様子がうかがえます。
写真5はバットを寸づまりにしたような横槌状木製品で20点以上出土しています。横槌として使うには短すぎ、また使用した痕跡もないため用途は不明ですが、共伴する遺物からこれらは祭祀具の人形ではないかという説が出されています。
市内の他遺跡からも同様の木製品が出土しており、舟形、斎串といった祭祀具と共伴しています。このほか火錐臼(写真6)や鳴鏑(写真7)が出土しています。

写真4 舟形
写真4 舟形
写真5 横槌状木製品
写真5 横槌状木製品
写真6 火錐臼
写真6 火錐臼
写真7 鳴鏑
写真7 鳴鏑

金属器等

弥生時代中期の墓群から合計15本の青銅製武器が出土して有名になった宗像市田熊石畑遺跡において、遺物の取り上げを行いました。
宗像市の依頼を受け、九州国立博物館および九州歴史資料館の保存処理担当者と協働して作業にあたったものです。
出土した銅剣・銅戈には脆弱な状態のものがあったため、ガーゼ・添木で補強した後、パラロイドB72を塗布して取上げました。また、医療用ギプスを用いて、周囲の土ごと遺物を取り上げる方法も用いました。

鋤崎古墳群A群3次調査の9号墳出土鉄刀について、象嵌模様の調査を九州国立博物館の協力のもと実施しました。
調査後のX線調査で象嵌模様の存在はわかっていましたが、当時は解析機器の性能に限りがあったため鮮明な画像が得られませんでした。

そこで九州国立博物館に導入されている最先端の分析機器、X線CTを使って撮影を行いました。この装置は従来の透過X線装置とは異なり、資料を360度回転させX線を全周から照射し、そのデータをコンピュータ上で画像構築して立体的に資料を観察することができます。
X線CT調査の結果、刀のつばの両面とはばきの部位に、心葉文が連続して描かれていることなどがわかりました。

写真4 舟形
写真4 舟形
写真5 横槌状木製品
写真5 横槌状木製品

博多遺跡群第172次調査出土のガラス・ガラス製作関連遺物について

1.はじめに

博多遺跡群では、これまでに約90の調査地点から、古墳時代から近代以降の資料を含む約1100点のガラス関連資料が出土しています。これらのガラス関連資料には、共伴遺物や坩堝として使用されている中国製無釉陶器の年代観から、12から13世紀代と比定されるものが含まれており、それらの材質については分析の結果、カリウム鉛ガラスが多く含まれていることが判明しています〔比佐2008、比佐2009〕。
博多遺跡群から出土したガラス関連資料には、製品だけでなく、未製品やガラスの付着した坩堝と考えられるものも多く、当地でガラスの溶融と製品加工がおこなわれたことが指摘されています〔比佐2008〕。
2007年に発掘調査がおこなわれた博多区冷泉町に位置する博多遺跡群第172次調査地点では、近年の博多遺跡群発掘調査の中では調査面積が広域であったこともあってか、ガラス製品やガラス製作関連遺物の出土が多い点が特徴としてあげられます。ガラス素材の製作に関連するような遺構は発見されませんでしたが、ガラス製品や未製品、坩堝、ガラスの滓などは300点以上出土しており、そのうちの118点については図化され、福岡市埋蔵文化財センターで蛍光X線分析装置を使用した材質調査がおこなわれ、報告されました〔池崎・本田編2010〕。
本次調査での多量のガラス製品・ガラス製作関連遺物の出土から、調査地点周辺でガラスの生産がおこなわれた可能性が強く指摘でき、中世の博多遺跡群でのガラス生産を考えるにあたって、今後重要な役割を果たすものと考えられます。
本稿では、博多遺跡群におけるガラス関連資料の蓄積を目的に、未図化資料の材質分析も含めて、再度博多遺跡群第172次調査出土のガラス製品・ガラス製作関連資料の調査をおこない、遺物の概要と材質調査の結果をまとめました。なお、既に報告書に掲載された図化資料についても、再度その調査成果を掲載しています。また、資料中には、鉄滓なども一部に含まれていましたが、それらについても、表に掲載しています。
 

2.資料の分析

これまで福岡市埋蔵文化財センターでは、ガラス製品や金属製品などを中心に、エネルギー分散型蛍光X線分析装置を使用した材質調査をおこなっており、成果をあげています〔比佐ほか2003など〕。博多172次調査出土のガラス関連資料についても、この装置を使用した図化資料の材質を分析しており、今回の追加調査についても同じ装置を使用しておこないました(1。
発掘調査報告書では90点のガラス製品・未製品、28点の坩堝が掲載され、そのうち6点を除いた112点の材質分析をおこいました。その結果、一部の石英や陶磁器片、ソーダ石灰ガラスやカリ石灰ガラスと思われる新しい時期のガラス以外は、カリウム鉛ガラスと呼ばれるガラスの一種であると推測される元素を検出しました〔池崎・本田編2010〕。今回の追加調査では、未図化資料約100点の分析をおこないました。ガラス関連資料と思われる資料の中には、鉄滓などの別の生産関係の遺物も混在しており、それらについては、肉眼観察で明らかにガラス関連資料ではないものを除外し、種別が不明な資料については分析をおこなってその材質を検討しました。
分析の結果、鉄滓や鉛の塊、陶磁器片なども含まれていましたが、ガラスに関しては一部近代のものと思われるソーダ石灰ガラスもみられたもののその主体は先の調査同様、カリウム鉛ガラスと思われる資料で占められていることが分かりました。
カリウム鉛ガラスは(K2O-PbO-SiO2)、中国宋代に開発されたガラスの一種で、日本では平安時代が初現であり、江戸時代まで用いられたことが確認されています〔肥塚1999、比佐2008〕。博多遺跡群出土のガラス関連資料の時期については先述しましたが、共伴遺物の年代観や坩堝として使用された無釉陶器の時期から12世紀から13世紀に該当すると考えられています〔比佐2008、比佐2009〕。その製作については、博多遺跡群ではガラス生産に関する遺構が検出されていない点から、ガラス自体の製作ではなく、ガラスの再溶融と製品への加工である可能性が指摘されています。
以下にガラス製品・未製品と坩堝・その他のガラス製作関連遺物に大別して、博多遺跡群第172次調査出土のガラス製品・ガラス製作関連遺物の特徴をまとめました。

 

(1)ガラス製品・未製品

博多遺跡群第172次調査では、玉・棒状・璧状・おはじき状・容器状・塊状など多様な形態のガラスが出土しています。その中で特に玉類の出土が多いです。玉類は、径5ミリから10ミリ未満の小玉、10ミリ以上から15ミリ程度の大型の丸玉のほか、平玉や蜜柑玉、大型の玉に小型の玉を融着させたものなどが出土しています。小玉や丸玉は側面観が真球に近いもののほか、扁球形、潰れた滴下状を呈するものがあり、扁球形と潰れた滴下状のものが多いです。潰れた滴下状の玉は厚みが一定でなく台形様で、孔を中心に渦巻くような段差または気泡筋が入り、孔部周辺にバリや突起がのこっています。連玉状の資料も同様の特徴を持つものが見られる点から、芯に連続して熔けたガラスを巻きつけて連玉をつくり、分割して小玉を製作していた可能性が考えられます。台形様の潰れた滴下状の玉や表面の段差は、連玉製作時の巻きつけをおこなった際の痕跡であると思われます。本次調査では2連から7連の連玉が出土しています。
玉類以外の形状のガラスは、玉類に比較して出土点数が少ないです。棒状資料は、断面円形や楕円形の直線的に伸びるものや、断面三角形状の屈曲するもの、直線的に伸びるが途中から細くすぼむものが見られます。途中から細くすぼむ棒状のガラスの中には、太い部分に途中まで孔が見られるものがあり、これらの資料は、巻き付け技法による玉の製作時の素材片である可能性が考えられます。円盤状のガラスは、これまでの博多遺跡群の発掘調査でも出土しており、本次調査でも璧状やおはじき状のものが出土しています。特に璧状ガラスについては、宋人とのかかわりが指摘されており、今後もその出土は注目されるでしょう〔佐藤2008、比佐2010〕。
容器などの用途をもつ可能性がある薄手の破片資料も多く見られます。いずれも厚みが1、2ミリ程度の薄い小片・細片が多く、厚手の破片や容器と断定できるような大型の破片は出土していません。しかしながら、口縁端部と思われる破片や小型容器の蓋が数点出土しています。蓋は、巻き付け技法によって受け部をつくり、頂部につまみを有するタイプで、このような形態の小型容器の蓋は、博多遺跡群では79次、85次、115次、118次調査で発見されており、徐々に出土事例が増えています。小型容器の蓋は、2点が報告書で図化報告されていますが、このほかにも蓋の破片である可能性の高い資料を見つけることができました。蓋の色調は、透明な緑色、乳白色や薄緑色のものが多いですが、未図化の蓋の破片は透明度の高い淡青色で色調が異なっていました。しかし、分析の結果、この資料もカリウム鉛ガラスであると判断できる結果でした。
 

(2)坩堝・その他のガラス製作関連遺物

博多遺跡群出土のガラス坩堝は、壺型のものが使用されており、その中で中国製陶器の水注を転用したⅠ類と、器壁が厚く粗製の把手や注口のないⅡ類に大きく分類でき、両者は同時期に混在して使用されたと考えられています〔比佐2008〕。博多遺跡群第172次調査では、坩堝片が約160点含まれており、部位ごとに口縁部片16点、頸部片17点、胴部片76点、底部片15点、分類不能の小片37点に分類でき、底部片の点数から10点以上の完形の坩堝が存在していたものと想定できます。坩堝片を観察すると、薄手のものが主体で、全体像が復元できる資料については把手や注口があり、大部分が中国製無釉盤口水注と呼ばれるⅠ-a型式で占められることが判明しており、未図化資料についても図化資料と同様に中国製無釉盤口水柱を転用している状況です〔池崎・本田編2010〕。今回、未図化資料を観察する中で、黒色の釉薬が施された陶器の口縁部片や土師皿片に緑色ガラスが厚く付着した資料も発見でき、中国製無釉盤口水注以外の器種についても坩堝や取瓶などとして使用された可能性も指摘できます。博多遺跡群172次調査地点からは、ガラス滓のような資料も出土しています。透明度の低い緑色の1から2センチ熔け固まったガラス粒と焼土塊も出土しています。焼土塊は幅約10センチ、厚さ5から7センチほどで、硬化しており、表面や内部に緑色ガラスが付着しています。付着したガラスも蛍光X線分析をおこなったところ、カリウム鉛ガラスのチャートと類似する結果でした。高温の熱を受けている点から、ガラスの溶融に関係した資料であるようで、生産遺構を推定する上で重要な資料になるものと思われます。
 

3.まとめ

博多遺跡群第172次調査から出土したガラス・ガラス製作関連遺物について未図化資料を中心に再度、資料の概要についてまとめをおこないました。
一部に近代の遺物が含まれているものの、未図化資料についてもその多くは、博多遺跡群で最も出土するカリウム鉛ガラスである結果となりました。
資料には、溶融したガラスを含む焦土塊など、これまでの調査であまり注目されていなかった生産残滓と思われる資料も新たに発見されており、今後、資料の検討をさらにおこなうことで、これらの資料と博多遺跡群におけるガラス生産についてより明らかになるものと思われます。

 


1)エダックス社製エネルギー分散型蛍光X線分析装置(Eagle μprobe/対陰極:モリブデン(Mo)/検出器:半導体検出器/印加電圧:20kV・電流値2400から805μA/測定雰囲気:真空/測定範囲0.3㎜φ/測定時間120秒)。なお、今回の分析も非破壊の定性分析をおこなった。分析は全ての資料を対象におこないたかったが、大型品や、厚みの差が著しい資料に関しては資料室の構造上、調査が困難であったため分析できなかった。

【参考文献】
肥塚隆保 1999「ガラスの調査研究」『日本の美術』No.400 至文堂
佐藤一郎2008「博多居留宋人が遺したもの」『福岡市博物館研究紀要』第18号 福岡市博物館
比佐陽一郎 2008「ガラス」『中世都市博多を掘る』 海鳥社
比佐陽一郎 2009「博多遺跡群161次調査で出土したガラス資料と156次調査出土の権について」『博多126-博多遺跡群第161次調査報告-』 福岡市埋蔵文化財調査報告書第1038集 福岡市教育委員会
比佐陽一郎・片多雅樹 2003「今宿遺跡3次調査出土ガラス小玉の保存科学的調査」『今宿遺跡2-第3次調査の概要-』福岡市埋蔵文化財調査報告書第738集 福岡市教育委員会

 池崎譲二・本田浩二郎編 2010『博多135-博多遺跡群第172次調査報告-』 福岡市埋蔵文化財調査報告書第1086集 福岡市教育委員会