無文銭

Collection No. 142

無文銭(むもんせん) (中世後期から末期)

分類
青銅・ガラス製品
時代
中世
遺跡名
博多85次

中世の日本では、貨幣はもっぱら中国銭が流通していたが、中世後半になると国内で鋳造(ちゅうぞう)された低品位の粗銭(あらぜに)(ビタ銭(ぜに))が出現し、国内で広く流通していた。無文銭はその粗銭の一種で、文字がなく起伏に乏しい滑らかな表面が特徴である。今回展示の資料は鋳型(いがた)の型組みが良くなかったためか特にいびつな形状をしており、内側の孔にはバリと呼ばれる型から金属がはみ出たものが目立つ。
 博多において、無文銭の出現は12世紀後半頃からであり、16世紀後半から17世紀初頭において出土のピークを迎える。それでもなお博多では北宋(ほくそう)銭(せん)や明銭(みんせん)といった中国銭が多数を占めており、博多出土銭の中で無文銭が占める割合はピーク時でも1割未満と低いものであった。ほぼ同時期に繁栄していた大分県の大友(おおとも)氏関連遺跡や大阪府の堺環濠都市遺跡等でも同様の傾向が認められ、貨幣の質を保つことが中世都市の繁栄につながったと考えられる。