大浜流灌頂大燈籠

【指定】県指定 【種別】無形民俗文化財

大浜流灌頂大燈籠

流灌頂は、とくに水死者、難産で死んだ婦人、無縁仏などを供養するために仏具の一つである灌頂の幡あるいは塔婆を川や海に流して功徳を回向する行事である。
 博多区の旧大浜地区(大博町及び神屋町の一部)では、毎年8月24日から26日の3日間、行事が行われる。その起源は宝暦六年(1756)博多湾の海難者、疫病被災者の追善供養をしたのが始まりと言われ、博多の夏の終わりを告げる行事として人々に親しまれてきた。
 期間中、四基の大燈籠絵が、通りの両側に木組を渡して飾られる。かつては旧大浜四町が回り当番で行事を運営していたが、現在は大浜流灌頂継承保存会が運営を担う。
 大燈籠に浮かび上がる勇壮な絵は最大縦約180cm、横約470cmにもなる大型のもので「坂田金時」や「石橋山合戦」、織田信長の「本能寺合戦」など歌舞伎、浄瑠璃、絵本などでよく知られた武者絵がほとんどである。制作時期、作者については不詳の作品が多いが、9枚については「雪渓画」の落款とそのうち1枚の「明治四拾年夏日造之」の年記により制作状況が知れる。明治から昭和初期に活躍した絵師・海老崎雪渓によるもので、県の有形民俗文化財として指定されている。
 雪渓について詳しいことはわからないが、櫛田神社(博多区上川端町)の多くの絵馬の中にその款記のあるものが見られる。絵馬の銘文によると明治三八年、三九年、四三年奉納の山笠絵馬三面、明治四一年奉納の恵比須図を描き、明治一六年奉納の東消防組櫛田神社参詣図の修復を昭和10年に行っており、その姓は海老崎らしい。雪渓の活動期は明治後期から昭和初期に渉ったようで、博多の絵馬や燈籠絵など大画面の絵画制作に活躍したと思われる。

指 定 県指定
区 分 民俗文化財
種 別 無形民俗文化財
所 在 地 福岡市博多区大博町8番5号
時 代 現在
所 有 者 大浜流灌頂継承保存会

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