万葉歌碑(志賀島第9号歌碑)
紹介文
「沖つ鳥鴨とふ船は也良の崎たみて漕ぎ来と聞えこぬかも」(巻16・3867)
志賀島南西部の棚ヶ浜に建てられている。
奈良時代に、大宰府が対馬に食料を送る船の舵取りとなった宗形部津麻呂に代わって出航し、途中の暴風雨により帰らぬ人となった志賀の荒雄にまつわる歌であり、荒雄を失った妻子の心の痛みを山上憶良が詠んだとも伝えられる。
荒雄の乗った鴨という船が能古島の也良の崎のところを漕いできたとは、防人はまったく言ってこない。という意味である。荒雄の帰還に一縷の望みをたくす家族にとって、荒雄の生還はかなわない事を意味している。
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