福岡歴史なび

印刷する

 神宮皇后と深い関わりをもつ香椎宮をスタートに、クスの深緑に包まれた参道を経て、博多湾に至るまち歩きをご紹介します。
仲哀天皇や神功皇后が船出し、帰ってきた伝説が残る博多湾、その海と香椎宮とのつながりに想いを巡らせるまち歩きをお楽しみください。

[1] 香椎宮
・仲哀天皇・神功皇后・応神天皇・住吉大神を祭神とし、西征中この地で没した仲哀天皇の霊を、神功皇后が祭ったのが宮の起源とされ、古くは「香椎廟」と称し人々の崇敬を受けてきました。
・神社建築としては日本で唯一無二の建築様式となる本殿が佇み、深い緑に囲まれた荘厳な境内は訪れる人々を癒します。

次へ

[2] 報恩寺
・宋からの帰国した栄西が、博多の聖福寺に4 年先立ち建立した禅寺です。日本で最初の禅寺と伝えられています。

次へ

[3] 古宮跡
・仲哀天皇の皇居「橿日宮」の跡で、神功皇后が自ら仲哀天皇の神霊を祀られた本来の香椎宮創建地ということになっています。

次へ

[4] 不老水
・日本名水100選に選出される名水です。無料で汲むことができ、たくさんの人でにぎわっています。
・時の大臣であった武内宿禰(たけうちのすくね)が、天皇へお出しする料理を作るのに使い、また自分の食事やお酒を作るのにこの水を使ったとされる湧水で、そのおかげか武内宿禰は300歳とも360歳ともいわれるほど長寿だったそうです。

次へ

[5] 朽瀬神社(くちせじんじゃ)
・香椎宮の摂社のひとつです。武内大臣の子、羽田矢代宿祢を御祭神としています。

次へ

[6] 貞明皇后行啓記念碑
・昭和天皇20 歳、裕仁(ひろひと)皇太子殿下が欧州5ヶ国の親善訪問から無事に帰朝され、そのことを喜ばれた皇后が、翌年の(大正11年)3月21日に自ら香椎宮にお礼の行啓を行われ、その記念に建てられた記念碑です。

次へ

[7] 楠並木
・香椎宮参道の並木です。大きく育った楠の街路樹が緑のトンネルとなっています。

次へ

[8] 頓宮
・御旅所とも言われ、 御神幸などで神体を乗せた御輿を一時的に休ませる所です。中世以前は神殿・拝殿も存在しましたが、中世以後荒廃し御神幸も途絶えました。1873年(明治6 年)御神幸が再興し、1907 年(明治40 年)に常設の社が建ち香椎宮浜殿とも呼ばれました。4 月に行われる春季氏子大祭では、氏子が特別な衣装を身にまとい香椎宮より頓宮(お下り)、頓宮より香椎宮(お上り)へと練り歩きます。

次へ

[9] 浜男神社
・神功皇后が御島神社に参拝する際に、海が荒れた時はこの浜男神社から参拝されていたとの言い伝えが伝えられています。

次へ

[10] 一の鳥居
・御島神社から香椎宮方面を見ると、正面に見える鳥居です。この鳥居もかつては海の中だったと伝えられています。満潮時の岩礁の存在を伝える目印だったのかもしれません。

次へ

[11] 御島神社
・御島神社は小さな島に位置する神社です。この島は、神功皇后が御渡海に際し神々の神教の当否を占われた聖地と日本書紀にも記され、現在では綿津見神をお祀りしています。